イエスのみ心 (6月28日)聖書の朗読 

 エゼキエルの預言 34章11~16節 

11 まことに、主なる神はこう言われる。見よ、わたしは自ら自分の群れを探し出し、
彼らの世話をする。
12 牧者が、自分の羊がちりぢりになっているときに、その群れを探すように、
わたしは自分の羊を探す。わたしは雲と密雲の日に散らされた群れを、
すべての場所から救い出す。
13 わたしは彼らを諸国の民の中から連れ出し、諸国から集めて彼らの土地に導く。
わたしはイスラエルの山々、谷間、また居住地で彼らを養う。
14 わたしは良い牧草地で彼らを養う。イスラエルの高い山々は彼らの牧場となる。
彼らはイスラエルの山々で憩い、良い牧場と肥沃な牧草地で養われる。
15 わたしがわたしの群れを養い、憩わせる、と主なる神は言われる。
16 わたしは失われたものを尋ね求め、追われたものを連れ戻し、傷ついたものを包み、弱ったものを強くする。しかし、肥えたものと強いものを滅ぼす。
わたしは公平をもって彼らを養う。

 答唱詩編 典礼聖歌 123 ①② 

主は我らの牧者、
 わたしは乏しいことがない。
神はわたしを緑のまきばに伏させ、
 いこいの水辺に伴われる。
神はわたしを生き返らせ、
 いつくしみによって
 正しい道にみちびかれる。[答唱] 
たとえ死の陰の谷を歩んでも、
 わたしはわざわいを恐れない。
あなたがわたしとともにおられ、
 そのむちとつえはわたしをまもる。〔答唱〕

 使徒パウロのローマの教会への手紙  5章5b~11節 

[皆さん、]わたしたちに与えられた聖霊によって、
神の愛がわたしたちの心に注がれてい[ます。]
実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、
不信心な者のために死んでくださった。
正しい人のために死ぬ者はほとんどいません。
善い人のために命を惜しまない者ならいるかもしれません。
しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、
キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、
神はわたしたちに対する愛を示されました。
それで今や、わたしたちはキリストの血によって義とされたのですから、
キリストによって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。
10敵であったときでさえ、御子の死によって神と和解させていただいたのであれば、
和解させていただいた今は、御子の命によって救われるのはなおさらです。
11それだけでなく、わたしたちの主イエス・キリストによって、
わたしたちは神を誇りとしています。
今やこのキリストを通して和解させていただいたからです。

 ルカによる福音 15章3~7節 

[そのとき、イエスはファリサイ派の人々や律法学者たちに]次のたとえを話された。
「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、
その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、
見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。
そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、
家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、
一緒に喜んでください』と言うであろう。
言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、
悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」